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中学入試合格体験記2014/4/12

昭和薬科大附属中合格   浦添小学校 瀬長咲理菜

合格体験記…と言われても、実際のところあまり合格したという実感がないので、私の今までやってきたことを、この作文に書きたいと思います。

私は、宿題とか、勉強をあまりやりませんでした。…いや、全くやろうとしなかったという表現の方が正しいかもしれません。とにかく、私は、宿題や勉強などから逃げて、嘘をついてごまかすような奴でした。何度注意されても、私は、一向に良くなりませんでした。それでも、神里先生や、小岩先生、翁長先生、松田先生は何度でも私を注意し、叱ってくれました。そこから私は、少しずつ、少しずつ変わっていきました。宿題をやるようになりました。忘れ物を減らしていきました。他人から見れば、当たり前のことかもしれません。でも、私から見れば、大きな変化でした。それが私を合格へと繋いでくれたのかもしれません。

後輩へ、あまり役に立たないかもしれないけれど、アドバイスをしたいと思います。

まず1つ。私が、この受験を通して知ったとても大切な事。『当たり前のことを当たり前にできるようにすること』です。普通のことかもしれませんが、大切なことです。

次に、『先生の言ったことを、必ずやりとげること』別に、先生の言ったこと以上のことをやらなくてはいけない、というわけではないのです。余裕がある時は、出来る限りやった方がいいと思いますが。どの先生も、あまりそれ以上のことは望んでいません。試験に出そうなこと、大切なことは必ず言ってあるからです。だから、無理をしてそれ以上のことをやるのではなく、言われたことを必ずやりとげることが、受験への近道だと、私は思います。

最後に、『分からない問題は、必ず質問すること』例えば算数の図形問題で、解き方が分からない時は、友達や先生に聞いた方が1人でウダウダ考えるよりも、絶対に効率がいいです。先生も友達も、「お前、こんな問題も解けないの?」なんて、言わないはずです。万が一、言われたとしても、気にせず、逆に、開き直ってしまえばいいんです。友達や先生に迷惑をかけたくない…と思う人もいるかもしれません。その心意気は大変すばらしいと思います。が、受験にはそんな気持ちは不要です。それから、一人で解けない問題に、ずっと時間をかけるのは、はっきり言って無駄です。なんの力にもなりません。1人で解いてやるという、変な意地を張らずに、先生や友達に質問してください。そうやって、解き方を覚えて、そういうタイプの問題を解けるようになることが、実を結ぶのだと私は思います。

この3つのアドバイスが後輩たちの役に立てばいいなと思います。

昭和薬科大附属中合格   浦城小学校 新里萌華

私が、私立中を受験したのは母がすすめたのもありますが、1番の理由は将来の夢のためです。私の将来の夢は、薬剤師です。薬剤師という夢をかなえるためには、私立中で勉強するのが一番いいと思いました。

私は、受験当日まで自分が受験生だという時間があまりありませんでした。それでも、受験当日になると、自分が受験生だという自覚をして、緊張しました。私は、第一志望が昭和薬科付属中学校で、第二志望が興南中学校でした。興南中学校の方を先に受験しました。興南中学校の合格通知の封筒を開けるときは、もちろん緊張しました。でも、昭和薬科付属中学校の合格通知の封筒を開けるときのほうが、何倍も緊張しました。昭和薬科中学校の合格通知の紙に、合格という文字が見えたときは、家族全員で喜びました。津田塾では、18才で受験学力をピークにすることが目標なので、合格したからえらいというわけではなく、不合格だからだめだというわけでもありません。私も、合格したからといって気をゆるめないようにしたいです。

中学生になったら、小学生のときとはちがって授業を進めるスピードもはやくなっていきます。だから、中学生になったらこれまで以上に勉強もがんばっていきます。私立中には、高校入試がありません。なので、6年間気をゆるめることなく、しっかり勉強して、高校3年生の18歳のときに受験学力をピークにして、行きたい大学に合格して将来の夢である薬剤師になれるようにしたいです。

昭和薬科大附属中合格   浦城小学校 上江洲李空

ぼくは、平成26年の昭和薬科大学付属中学校の入試試験で合格しました。でも、合格するまでの道のりはとっても険しかったです。

ぼくは、小学校3年生のころから津田塾に入っていて、3.4年生はYクラスで、5.6年生はSクラスでがんばってきました。その中でも、1番苦しかったけど楽しかったのは6Sクラスでした。6Sクラスでは、いろいろなことを体験しました。たとえば、夏期講習ではダイナマイト500を行ったり、10月にはダイナマイト1000もやったし、実際に薬科中に行って全国模試を受けました。他にも、冬期講習会では塾長が作った『6S絶対合格カレー』を食べたりしました。でも、ぼくは6Sの中でトップ3に入るほどの学力はありませんでした。でも、受験の2ヶ月前くらいからは毎日塾に来て勉強をしていました。ぼくが、昭和薬科の試験に合格した理由は多分、塾に自習をしに来ていたからだと思います。でもひとつだけ友達が不合格という悲しいことを聞きました。一緒に合格したら、いいライバルにしようと思っていました。けれど不合格だったので一緒に戦えないことを思うと少し悲しくなりました。

薬科の定期テストでは最低でも10位以内に入りたいです。そして、高校を卒業したら難関大の医学部医学科に入って医者になってたくさんの人を救って名医になりたいです。その後、退職したら、世界のいろいろな国に行っていろんな国の言葉をしゃべれるようになりたいです。そして、もし世界旅行の夢が叶ったらそのあとは、ふつうに暮らしていきたいです。

そして、話が一気に変わりますが、ぼくが1番行きたかった昭和薬科に合格できたことは本当にうれしいです。

昭和薬科大附属中合格   浦城小学校 葛綿みどり

私は、中学入試を受けて、昭和薬科に合格しました。入試勉強は、主に得意な社会が中心でした。とくに、歴史はどんどん頭に入ったので、気に入ってやっていました。最初は四科のまとめを使い、赤ペンで記入してシートをのせて暗記していましたが、後からはほとんどプリントでした。次に国語は漢字やことわざ、慣用句を中心にやるようにしていました。あとあとから1日に1つ文章題をやるようにしました。苦手な算数、そして理科は、社会に比べてややしている時間が短かったです。算数は、1日に1回、計算トレーニングをやるようにしました。サボった時もあったので、毎日続けられたらよかったです。1番時間がかかる科目だけれど、親に、「社会は覚えたことしか出せない。見たこともないマニアックな問題が出されたら大変だ。けれど、算数は応用をきかせて解けるかもしれないからやりなさい。」と言われていました。確かにそうだったので、毎日勉強しました。理科は、授業ノートを振り返ったり、アドバンスの問題を解きました。

6Sで一番大変だったのは、夏と秋のダイナマイト、それにテストの解き直しです。ダイナマイトは覚える(算数は解く)にプラスして時間が決められています。たくさんの暗記と算数の解き方のことで頭がいっぱいになりました。テストの解き直しは、全国模試は国語と算数が、合格模試や薬科の理科以外がとても嫌でした。まとめるのが嫌だったのでした。そしていよいよ本番になりました。

本番のテストは、今までのとは違っていました。理科は特に何も変わっていなかった気がします。しかし、国語は最後にミニ意見文がついていました。それから、大問3番はたしか全部仲間外れ探しのようなものでした。算数は計算問題(大問1)4問しかありませんでした。そして、全体的に問題が増えたような気がしました。でも、たぶんこれは計算問題が少なかったのと、本番前に平成21年や20年の古いものを解いていたからだと思います。それから図形の問題が多かったです。社会の大問1(または2)には、白川郷の家の急な屋根のかたむきの説明が出ました。

入試で悔しかったのは、社会の大問5(最後の大問)で普天間基地を辺野古基地と書いてしまったことです。前の文章をよくよく見なかったことと、時間はたっぷりあったのに、確かめが疎かだったことが悔しかったです。最後に、薬科を受ける人には、全・時・粘と、平常心、そして迷った時の対策をしてほしいです。また、自分が大学入試を受けるときにも心に置いておきたいです。

最後の最後に、私の中学入試を支えて下さった方々、ありがとうございました。

昭和薬科大附属中合格   宮城小学校 我那覇実薫

私が勉強に使ったのは、社会の四科のまとめです。私は公民が苦手だったので、公民の部分の20ページくらいのものを赤シートを使って暗記し、最初にもらった答案用紙に直接書き込みながら最終チェックをしました。また、理科では、理科王を使って、その入試重要度が最も高い星3つのところだけ、もう一度暗記して、ノートに解き、もし間違えれば、ふせんにそのマイナスの数を書いて、そのページに貼って、苦手分野を整理しました。今までの復習をしていると、どんどん分かってない場所が出てくるので、それをノートにまとめ、重要なところはオレンジペンで書いて、もう一度赤シートで効率良く勉強できるようにも工夫しました。

入試本番の日、私は歩いて薬科に行きました。歩いている途中も、よく間違えている問題を何度も何度も頭の中で暗記しました。入試会場に行くと、周りにおそろいのバックを持って歩いている他の塾生がいて、その多さに驚きました。周りの人の頭が良さそうに見えて、不合格になるかもしれないと不安になりました。1時間目に、国語の試験をやるのですが、そこでは、つい最近授業で習った問題も出て、その問題に答えることができなくてショックを受けました。次の理科も、文章が多くて、理解するのに時間がかかり、あまりうまく出来ませんでした。その次の社会も、二択問題では、最初に選んだ所が当たっていたということが多く、さすがに入試に落ちたなと思いました。最後の算数も、解けなかった問題があり、4科目全て普段の力は出せませでした。しかも他塾の塾生からのプレッシャーで、私は受かる自信を失っていました。

でも、1月22日に、合格を知らせる通知が届いたので、とっても嬉しかったです。この経験をこれから生かしていきたいです。

 

沖尚中合格   浦城小学校 銘苅円花

私は、沖縄尚学高等学校付属中学校に合格しました。1215日の推薦入試を受けて合格しました。

5年生の時は5Aクラスでしたが、中学受験のために6Sクラスに入りました。最初はきつかったです。でも、そのうち慣れてきて、周りの人とも仲良くなりました。1番きつかったのは夏休みと冬休みです。朝から夕方まで塾にいました。その中でも楽しかったことは、お昼ごはんです。仲の良い人としゃべったりしていたので、それが1日の楽しみだったりしました。その後の授業は、眠気と闘いながらがんばっていました。このような息抜きも、受験には必要だと思います。宿題もきつかったです。たまに学校の休み時間も利用して、塾の宿題をしたりしていましたが、先生がそれを見て「忙しいねぇ。」と声をかけてくれたりしました。学校の休み時間を利用して受験勉強をするのもいいと思います。でも、休まず勉強するのはあまりよくないので、昼休みなどはちゃんと休んでください。早寝早起きも大事です。でも、私は受験生の間、ほとんど早寝早起きをしませんでした。明日の朝、学校の宿題をするつもりだけど、寝坊してできなかったらどうしよう、と考えてしまい、夜学校の宿題をして11時まで起きてしまうことがほとんどだったからです。私は8時間寝ないと満足できない人だったので、朝遅く起きてしまい、学校の朝の活動によく遅刻していました。早起きは三文の徳とか、朝勉強した方がいいとかよく聞くので、早寝早起きは絶対した方がいいですよ。

10月ごろになると、復習が大事になります。合格力=復習力といいますから、授業が終わったら復習をするといいと思います。10月といえば、夏休みにやったダイナマイト500の倍のダイナマイト1000がありますね。ダイナマイトは算数以外の教科の国語・理科・社会を覚えなければ勝てません。でも、900問も覚えるのは簡単な事ではありません。なので、暗記法を教えます。寝る前に覚えるものを読むと、次の朝、それを覚えているそうです。これは小岩先生に教えてもらいました。自分は何個覚えたかを言いあっていた人もいました。暗記はこの方法を使うと便利です。

入試の2週間前ぐらいになるとなんだかとてもストレスがたまって、誰もいない時に泣いたりすることもありました。でも、泣いてばかりじゃいられないので、誰もいない時に暴れてストレス発散してしまいました。でも、暴れてもすっきりするだけで特にいいことはないので、やっぱり1番は好きなことをすることだと思います。

入試当日は、たくさん物を持っていかないことをおすすめします。たくさん物があるとどれを見ようか迷うことがあるからです。あと、あせりすぎないことはとても大事です。ちなみに私は、学校のチャイムの1.5倍くらいの速さで流れる沖尚のチャイムのおかげでめちゃくちゃ焦りました。でも気持ちを落ち着けてがんばりました。

中学受験は、私にとってもとてもいい体験になりました。そして、もし合格しても、それはゴールではなくて、本当の勝負は18才だということがよくわかりました。これからも油断せずに勉強を頑張りたいと思います。

沖尚中合格   浦城小学校 金城英輝

ぼくは沖尚に合格しました。そしてぼくは沖尚高校に行きます。そしたら、医療や医学のことを勉強したいです。なぜならぼくの将来の夢は、医療機器を開発する人です。

ぼくのお母さんが口ぐせのように言う言葉があります。それは、「英輝が沖尚に合格したから一人英輝の代わりに不合格になった人がいるんだよ。だからその人の分もがんばりなさい」と言います。ぼくはその言葉を一生忘れないようにしようと思いました。せっかく高いお金を払っていくのだから自分のためになって将来のためになるような学校生活をおくりたいです。

ぼくは、沖尚に入っての目標は、中学では野球部に入るので野球部でレギュラーをとることです。もう一つは、パイオニアクラスに入って1位になることです。両立させるのは難しいけれど、それもできて野球もできて、しかも1位を取れたら大満足なので、がんばりたいです。もう一つは、家から学校まで自転車で行けるようになることです。なぜなら今は、お母さんに送ってもらう予定だからです。道も早く覚えたいです。

「勝ってかぶとの緒をしめよ」のように最後まで気をゆるめないで今よりももっと頭がよくなって大学受験にも勝てるようになりたいです。

 

興南中合格   当山小学校 新垣美玖

私は、興南中学校に合格しました。

最初は薬科中学校だけを目指していました。でも、私のいとこのお兄ちゃんが興南中に通っていて、興南中もいい学校という話を聞いていたので、私も受けることに決めました。しばらくは、塾でもらったテキストやプリント、薬科中の過去問の勉強だけをしていました。そして、興南中の試験が近づいてきたら、興南中の過去問を解くことにしました。過去問は、推薦、前期、後期がそれぞれ3年分ずつあります。だから、私はそれぞれの3年分を全部解きました。ちゃんと時間も計って解きました。4教科解き終わった後に採点をして、解説もついているので、間違えたところはしっかり解説を読んで、その後に解き直しもしました。理科や社会で、暗記不足だと思ったところは、塾でもらったテキストなどで覚え直しをしました。でも、薬科の勉強もあって、1日にやるとこが多くて大変でした。だけど、私が疲れきっていたとき、お母さんは「無理しないでよ。体調崩さないように頑張って。」と言ってくれたし、お父さんは、「気楽に、無理しないように頑張って」と言ってくれました。それに、お兄ちゃんは、「算数とかで分からないところがあったら教えるよ。」と言ってくれました。そしておばあちゃんやおじいちゃんは時々電話してくれて、「体調大丈夫?無理しないで、少しでもきつかったらすぐ休んでよ。」と言ってくれました。私はみんなから励ましてもらって、うれしくなりました。そして、頑張ろうと思いました。

試験前日は、過去問を見直したり、理科や社会の暗記をしました。夜は、ドキドキしながら準備をしました。そして、お母さんが、「美玖なら大丈夫だよ。落ち着いて頑張ってね。」と言ってくれて、少し安心しました。試験当日、私は緊張しながら興南中の教室に入りました。私だけではなく、みんな緊張していてとても静かでした。そして、無事に筆記試験が終わった昼食時間は、面接の練習をしていました。面接官の先生はとても明るい先生で、少し安心しました。試験が終わって、私は大丈夫かなと不安になりました。

そして、3日後の水曜日、結果通知が届きました。私は自分で開けました。すると、合格通知書が入っていたので、とてもうれしかったです。お母さんもお父さんもおばあちゃんたちもみんな、大喜びしてくれました。そして、お父さんが、「興南中でも、全員受かるわけじゃないんだよ。だから、美玖はすごいんだよ。」と言ってくれたのでうれしかったです。

私のいとこのお兄ちゃんは、定期テストで10番以内に入れるように頑張っているそうです。だから私も、いとこのお兄ちゃんを目指して、いつも10番以内に入れるように頑張りたいと思います。